昭和58年12月16日 報徳祭
おかげを頂きました。若先生のお話しをこの間聞かせて頂いた、お祝詞を聞かせて頂いた時も、その通なんだ、あのお祝詞が一言(いちげん)間違ってはならない。あの通りのおか揚げを受けて来て。あの通り神様へ御聞き取りを頂いて。私共もあれを聞き届けさして頂いて、おかげを頂きたい。若先生が只今お話しを申しました、御話しの、御話しが上手とかどうとかと言う事はございませんけれども。これは私しの信心のまいうならば心髄、と申しとりましたね。
痛いのが治ったのが有り難いのではない、何時もまめなのが有り難いのだと、確かにそうなのだけれども。まめでない時に神様に様々な難儀を訴える様にして、御願いをさせて頂いておる時その難儀そのものは、もっとおかげでなからなければならないと、分る事がお道の信心だと申しとりました。それをおかげとも、それをね神様がこの様にして、真の助かりを下さろうとして居るんだと言う事が。分った時悟れた時に、痛いでしょう苦しいでしょう。
けれどもその痛い事苦しい事が、有り難いとお礼を申し上げれる様なおかげを頂いた時、始めていわゆる一切信愛と言う事が言えるのじゃないでしょうか。先だってからは聞いておりましたけれども、今日先生の話を聞かしてもらいよってから、また改めてあぁそうだったなぁと解らして頂いたんですけれども。川上さんのお取次ぎを指して頂く時に、神様から信心辛抱と言う事を頂いたと、それは神ひと辛抱とあったという。今日私しそれを聞いたからはほんとに思いました。
私共は難儀は苦しいんだと言っておりますけれども、お取次ぎを頂いてご信心を頂いておる上に起きて来る一切の全ておの事が、それは良い事悪い事一切が、神愛の現れでおると言う事を、そうした難儀に直面した時。またはその最中に私しも苦しいんですけれども、私し以上に神様は苦しみ悩んでおって下さるんだと。確かに信心辛抱と只私共ががむしゃらに信心辛抱すれば良いというのじゃないです。いかにもがむしゃらに辛抱しとる様にありますけれども。神様の方からも辛抱させて頂いとるのですから。
是は私しの信心を振り返って見て思います。ですからね。確かに信心辛抱私しはこの二言を今の御説教の中から、改めて最近私しが思い続け又祈り続けおる信心の、まぁ一端を聞いて頂こうと思いますが。あの時がなかったら、例えば九州の信心、あの時四神様の御神徳がなかったならば、小倉の初代も今日の九州の信心も無かっただろうと思われます。全く四神様の事、四神様は九州の守り神とも、九州の神様とも申し上げておりましたが。幾年の信心奉仕の間に大変なご、修行下さった金光様でございますが。
ほんとにあの時がなかったならばと言うのが、今日のお祭りの芯ではないかとおもう。3代金光様がおわせませなかったら、今日の合楽は無かったかも分りません。まぁだとてもお道の教師などと言う事は、それは一生懸命信心してましたから、皆さんが大坪さんあんたはいく行くいは学院にやろうと皆んなから言われましたけれども。冗談なごとと言う風な受け方しか出来ておりませんでしたけれども。やる事為す事が思うように行きません。とうとう親先生を通して、お取次ぎを願いましたら。
暫く御祈念下さった金光様が。「お道の教師としておかげを頂かれたら結構です」とほんとに、もう本当にびっくり致しました。けれども腹が決まりました。金光様のあのお一言がなかったら、私しはお道の教師などと言う様な事はとても出来なかった事と思います。三代金光様の御神徳によって、今日の合楽があり、これはもう椛目でぼちぼち人が助かる様になってからで御座いましたが。朝方御神夢を頂きました。あまりにも勿体なくて畏れ多いので、是は出来ないと泣いておりましたら。
母がどうしたかどうしたかと言うて。あのゆすり起されて、はぁっと気が付いたら、お夢の中で感泣して折るところでございました。御本部参拝を指して頂いておりまして、金光様がここで御結界の奉仕をなさっておられる。私はどっかあの辺で御祈念さして頂いとりましたら。私がお広前に着きましたら、金光様がスッと御結界を御立ちになりました。あら金光様が御立ちになったと思うたら、下へ降りてこられて、そしてそっからスウーと私しの4、5尺前の所に、こう斜めにお座りになったかと思うたら。
片手をついて頭を下げられたんです。あぁほんとに勿体ない勿体無いというて泣いておるお夢でございましたが。私共も願っておるけれども、神様も願っておって下さる、これには私しだけを苦しみよる、修行させよるのじゃない、お前が修行しておる時には神も一生に修行するのぞと。神様が辞を低うして私しの大事な、もうなんで頭を深々と下げられたとそん時思うて。
一段といよいよごしんぎに叶わず。おかげを頂かせて頂かなければならない、教祖金光大神様があの実意丁寧、もう後にも先にもこういうお方はありませんでしたでしょう。そういう御信心の教祖様に、天地の親神様がたのまれた。どうぞ神を助けてくれと、そして神と人とのあいよかけよの道が開けたのでございます。私共は教えを守らして貰い、おかげを頂くその程度でございますけれども。
そのもう一つ向こうに神も助かりと言う、私しは神の願いを聞かせて貰わなければ、ま、お道の信心の本当の神髄には触れられないと思います。けれどあいよかけよの道が開けて来ません。あいよかけよというのは、神様と私共とのいわば交流です。コミニケーションです。でなかったら、で生まれて来るおかげでなければ本当のおかげとは言えません。縋るように、ただ地団太踏んで願ったからおかげを頂いた。こんな修行したから頂いたというのじゃなくて。
私共は、例えば教祖の御教えを行ずると言う事を、とても身に着けたい合楽では、御大祭お祭りたんべんに、御神誡を奉読致しましたが。教祖100年祭を境にもういわば教えは身に着いたものだとして。分ったものだとして。教祖金光大神から、神様から神頼みをうけられた。立教神伝の御内容に触れて行けれる信心を、いやこれは合楽だけではありません。教団全体のものが、神の願いに答えて立たせてもらう、私しは信心に変わって行かねばならんと言う風に思います。
始めて私しは合よかけよの道というのは、そこから開けて来るのだと思うです。神も助かり氏子も立ち行く、そこでそういう信心を解らせて頂き、自分の内容にして行くと言う事が、福岡先生が申しておりましたように、痛いのが治ったのも有り難い、いつもまめなのがもっと有り難い。けれどもその痛い最中の真ん中の、只今修行中と言う時ほど有り難いんだと分った時。
始めてご神意を悟らせて頂いたと言う事になるのじゃないでしょうか。お互い信心をさせて頂いとります、合楽で言われる日参、教聴、信行、心行、家業の行。このご内容というものを、いよいよ深めて参りますと、日参教聴によって何を頂かせてもらうのか。信行とは、家業の行とは、それは教祖金光大神に天地金乃神が、御教え下さった又はお頼みになった信心の内容はあるのです。
だからそれをいよいよ深めて頂かなければならんのが。深めさせようとする働きを、無意味にしてしまっては何時まで経ってもおかげになりません。難儀即く御神徳の元にもなる。神を信じ、又は信じられるもとにもなる。天地とのいよいよ交流ともなって、そこから生まれて来るおかげの世界を合楽世界だと私しゃ思います。おかげを頂いて有り難い勿体無い、そういう心をただ持ち続けると言う事は、いつも申します常持ちです。
常にそれを持ち続けるだけではなく、その有り難い心を合楽世界に運ばなければいけません。神様と氏子が合楽し合える、喜び合える世界そういう世界を目の当りにさせて頂いておるのでございますから。それを頂くための精進が求めれられるわけでございます。決して合楽の信心をはかると、薬を飲んではいけないとか、医者に掛っちゃいけないとか、言った様な風に。言う様に誤解されているような向きもありますけれど。
今私しはこの眼鏡を取りましたら、もう皆さん全然わかりません。けれども眼鏡を掛けさせて頂きますと、ぼんやり前列の方達はわかります。もう歯も一本もありません。だから医者も、歯医者も言っちゃならん、入れ歯もしちゃならんちゆう。本当におかげを頂いて眼鏡があり。おかげを頂いて入れ歯があり。教祖様はそのところを、祈れ薬れにすればおかげも早いが。薬れ祈れにするからおかげにならんと、教えておられます。
祈れ薬れと言う事は、神様お願いしますと先にもうお取次ぎを頂いた、そして医者にかかったあと、と言う様な簡単なものじゃないと思うです。本当に神様のお働きを、その願わなければならない事、薬を飲まねばならない事。医者にかからなければならない、そのもとのところを、その根本のところを、お取次ぎを頂かなければわかりません。お願いして薬を飲んだ、御願いして医者にかかるだけじゃいかん。
それではおかげにならん。( ? )どうしてこんなに苦しい思いをしなければならないのかと言うその元をね。私共は探さなければいけません。マッチを擦らせて頂いて有り難いなぁと、便利なもんであるとお礼を申し上げるあけじゃなくて。そのあのマッチの燃えた軸にもそのお礼を申せと仰るわけ。その元のところをね。お礼の申し上げれる様なところに気付かせて頂いての、医者で薬であった始めて、私しゃ難儀を賜った賜物と言う事が言えるのじゃないでしょうか。
昨日この頃隔日に病院通いを致しておりますが。病院に参りましたらもう、帰ったらもうぐったり疲れてしまって、意識がもうろうとする。ここ2,3回の場合そうなんです。はぁこのまま御国替え頂いたらどんなに幸せと思う位に意識がぼんやりして来ます。ちょうどそういう中に家内が今直子のところから電話が掛りましたという。大変苦しんでおるからおかあさん来て下さいと言いよる。なら行っておいでと。私はそういうもうろうとした中に。起き上がって御祈念をさせて頂きました。
そうしたら昔風のあの電気の傘がこうありますね。昔電球のここに、いまは蛍光灯に。電気の球のないところを頂いた。ははぁもう電気はここまで来てるんだ。だから球をひねって差し込みさえするば、パッと明るくなるんだこれは子供の、親自身もひねる。球とは私は本心の玉と仰る。本心の玉わゆる心のことだと思うんです。本心の玉をいわゆるひねらにゃきゃいけません。もうおかげはここにあるんです。
電流はここまで流れて来てるんです。それをひねろうとしないことが、痛いのが治ったから有り難い、まめなのが有り難いだけで終わって、その中の苦しいなら苦しい時にはそれよりもっともっと、深い神縁御神意である事が、ひねらんから分らんのです。日頃の知恵をこういう時に捻らせて頂きますと、はぁそうだったと合点がいくことがありましたり。苦しくてもそれをそれを修行。
いやぁ来るしいけれども神様は、世に私しの為に苦しんどって下さるんだと。言った様な事が分る時に御神意が分ったと言うことになるのじゃないでしょうか。御神意を頂かせて頂く、そこにまめなのが有り難い、治ったのが有り難い。その道中とてもまた有り難いんだと言う事。私しゃこのへんのところをね。分らして頂くと言う事が、もう金光教始まって100年の100年目。このあたりのところにもう言うならば。猫もしゃくしもここに焦点を置いて今後の信心。
言うならば立教神伝を銘々のところで頂いてと言う様な、私しは頂き方をしていかなければならんのじゃないかと思います。何と言うても和賀心、時代を世界に、世界を包み回すほどしの大きな願を立てておられ、また神様も願いをそこに立てておられるのですから。ただお取次ぎ、ならいわゆる薬れ祈れということでも、ただお取次ぎを頂いて医者にかかったらというところで済まさずに。なぜ薬を飲まなければならない、痛い注射をしなければならないのか。
というその根本のところを解らして頂いて、一段とその都度に信心が飛躍して行くおかげを頂いた時。始めて言うならば、教祖金光大神と天地金乃神様の間に交わされた交流。あいよかけよのみちというものが、2代金光様に伝わり、3代金光様に生き生きと伝わりになって、それをまた私共が受けて、それをまた伝えて行く為には、ただ金光様の御信心をせろと言うだけではなくて、どうでもあいよかけよで助かって行けれる、天地との日々交流の出けれる。我情我欲を離れても事のお道を通せる。
なかなかもって我情我欲は、一遍やちょっとやそっとの信心で取れるとは思いませんけれども。焦点をそういう絶対のところに置いて、信心をさして頂いとりますと何時の間にか、和賀心も頂かれそれをまた人に伝えずにはおれないという。信心も生まれて来るものだと思います。あいよかけよの道と言うのをもう一段深めると言うか。もう一歩進んだ意味合いににおいての、天地との交流、教祖の神様と天地の金の神様の交流を。受けて継がれて代々の金光様の御信心によって、受け継がれてきた。
その金光様が私共に願っておられる。3代金光様が私しぐらいなものに深々と頭を下げられたと言う事は。そういう事ではないでしょうか。願われておる私共ですから。今日の若先生のお話しを聞かせて頂いて、有り難いと思ったところを、またそれを少しこまかにして聞いて頂いた積りでございますが。有り難いなぁもう30数、40年も前だったでしょうか。福岡の教会におかげを頂きました時に。
3代の吉木辰二郎先生が。こんな嬉しい事はない大坪さん。というて御大祭の後のまぁ心の状態を、親子がお祭りを奉仕され。娘が、家内が学の御用を頂き。娘が舞のおかげを頂いて、本当に吉木一家で神様の御用が出来ると言う事は、こんな嬉しい有り難い事はなかばいというて涙を流してお話しなさった事を。今日ちょっと思い出させて頂いてね。今日舞を舞いましたのは、光昭の長女ですから孫になる。
娘が学の御用を頂いて。息子たちが、私が例えおらなくてもあのようにして、4人の息子が士農工商の実を銘々のところでしっかり頂こうと精進しております。そして親が頂いて有り難い様なお話も出来る様になっております。もうこんな嬉しいこんな有り難いことはないということを。どうぞ皆さんのご家庭でも、そういうおかげの頂けれる信心をあいよかけよの道を。まず家内にも子供にも自分の周辺にも広げて行けれる。信心をいよいよ頂いて頂きたいと思うのでございます。
おかげを頂まして有難う御座います。